中村昌生の主な建築作品

中村昌生の主な著作

新宿御苑茶室「楽羽亭」
1987年
東京都新宿区内幸町

茶室集成
2008.11.

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新宿御苑茶室楽羽亭
 
  戦災で焼失した新宿御苑内の楽羽亭を復興する計画は,御苑保存会において種々検討されていた. 焼けた楽羽亭は40坪ほどの瓦葦きの亭で,特に茶の場に使うように造られたものではなく,休息のための施設のようであった. 復興に当っては旧の復元でなく,現代の御苑にふさわしい施設を目ざし.その模索がおこなわれ,増田暁一氏により試案が作成されていた. 新たに発足した検討委員会では,国民公園として現代の新宿御苑の果すべき役割を再確認し,国内外の来園者の希望などを分析し,新楽羽亭のあり方が決定され,設計に着手した. 広大な御苑の中に茶会の施設が一棟もないので,新楽羽亭はまず茶室であることを基本とし,本格的な茶事ができると同時に大寄の茶にも適応できる小間と広間,さらに来園者が随時気軽に茶が飲める椅子席,それに寄付,勝手水屋.便所を加えて構成することになった. 複合した用途がそれぞれ効率よく円滑に機能するよう,諸室の配置に工夫を凝らした. 椅子席の機能が特に重視され面積が大きくなった.
  新亭は旧位置より少し北に移し,梅林を背に南向きに建てられた. 亭の前方は秋になると見事な菊壇がしつらえられる場所であり,苑路が東と西に連なり,亭の東方にも北へ向かう苑路がつくられている. 西方は日本庭園で椅の架かった美しい池庭の風景が望まれる. この庭から苑路を辿ってくる時の眺めの中に,亭が映る効果を最も重く考えて外観を工夫した. 茶室(小間),広間,椅子席と連続させながら,西方の茶室だけ独立させて広間棟に繋ぎ,外観に抑揚と軽快感を与えると同時に,正面からは茶室が奥まって見えるよう配慮した. そして椅子席の間口が広く尾根が高くなるが,全体としていかつさをあらわさないように努めた.
  茶室はL字型の四畳台目. この事には一番自然な構成に到達しえたと思っている. 広間は十畳,西側に床と琵琶台,地袋を配し,南側に一間の入側を付した. 広さを伸縮できるようにし,客の収容力を優先して考えた間取りである. 勝手水屋には水屋と丸炉に加え.懐石用の設備が欲しかったが,管理上の制約から最小限の備えにとどめられた. 椅子席は立礼の茶室であるが,日常的な呈茶の席でもあって立水屋も付設している. だが点前をする時は勝手水屋から出て座礼でおこなう構えをもっている. すなわち正面に床・琵琶台と並べて点前座を配置し,炉は向切. 土間の両側に腰掛を設け,前に客用の卓を配置する. 外人も伝統的な座礼の点前を見ながら,腰掛けて茶を飲んで貰える構成である. これによって点茶卓は不要である.
  広大な庭風の中の亭であり,茶室であるからといって約束のような露地作りはふさわしくない. 茶事のために欠かせない程度の施設に限定して露地をつくり,その露地は広い庭にそのまま溶けこむようなあり方を目ぎして施工された. 椅子席の前の手水鉢は立使いの構えにしたがったが,材料の都合で一応蹲据になっている.広間前庭の西部の砂利敷の部分は野点てのための場所である.  


匠技 〈1〉
大工中村外二の仕事

桂離宮
数寄屋古典集成
数寄屋と五十年
茶の建築の研究と
和の創造をたどる
数寄の空間
中村昌生の仕事
図説 茶室の歴史
基礎がわかるQ&A
茶会
茶道聚錦
〈1〜12〉

※主な建築作品は随時公開していきます。 日本庭園集成
数寄屋建築集成