「本校設立の意義」について

 
 日本の近代化の過程で、建築技術も工業の分野において西洋の技術の導入により急速な発展を遂げました。建築教育もまた、そうした近代化の理想の達成を目標としたため、西洋の技術の修得を主流としてきました。その結果、日本の伝統的な建築技術が次第に軽視される一途を辿りました。
工匠の技術は、明治以後も練磨され、明治、大正、戦前にその技術は最高潮に達し、戦火を蒙ったとはいえ、今も残る優れた近代和風建築がそれを実証しています。日本建築の技術はそうした工匠の手にゆだねられ、学校の建築教育では取り上げられなくなってきました。第一次大戦後はそうした工匠の技術も急速に衰退しました。そこで日本建築の将来が憂慮されるようになりましたが、依然として学校における建築教育の方向は変わろうとしませんでした。
 大学における木造建築教育の不毛を嘆き続けていた菊池安治棟梁は、遂に学校の設立を決意するに至りました。木の性質を知り尽くし、その特質を生かす日本の工匠技術は世界に比類を見ないものです。そうした工匠技術と現代の建築技術の教育を結合し、かつ技術者としての人格陶冶を重視した4年制による独自のカリキュラムを策定しました。
そして昭和62年4月、学校法人富嶽学園日本建築専門学校が開校されたのであります。開校に先立ち東京日比谷のプレスセンターで記者会見が行われ、この学校の設立が世の注目を浴びました。当時の建設省からは、専修学校にもかかわらず大学卒と同等に一級建築士受験資格が与えられたのでした。そして平成19年には開校20周年を迎え、五百有余名の卒業生を建築界に送り出したのであります。
 ここで日本建築を教える唯一の学校としての存在を改めて顧みる時、今やその使命は開校時以上に重きを加えつつあることを自覚せざるを得ません。特に本校は演習林および工房の施設を保有し、森林から構築の完全に至る過程をも学び得る実学教育を実施しております。また茶道・花道等伝統的な生活文化の教養を培う学習も課しております。
今年中央工学校にも木造建築科が設立されました。この機会に本校は、中央工学校と提携、交流を図り一層教育の充実を図ることになりました。日本建築コース、文化財等の修復・再生コース、現代建築コースの3コースを設け、学生の卒業後の進路に一段と即した学習により、社会ですぐ役に立つ人材の育成を目ざします。
 現代の建築教育に欠落している日本建築の教育、これを建築の基礎教育とすることがいかに大切か、現在の建築界の様相を展望する時、痛感せざるを得ません。現代建築と日本の伝統的建築との間には素材と構造の断絶があります。しかし、そうした素材、構造の相違を超えて、古くから日本列島で営み続け、数々の世界的な名作を残してきたわが先祖の、建築に対する深遠な英智に触れることは、現代の建築技術者と雖も怠るべきではないと考えます。
 本校の目ざす建築教育の成果が、建築界の随所に結実する時、日本の建築は、もっと日本人の心を癒し、活力を与えるものとなり、世界の建築の未来に貢献できると確信致します。

学 校 法 人 富 嶽 学 園      
理 事 長  中 村 昌 生